昨日はジョン・レノンの命日でした。
ジョン・レノンは確実に僕の人生に影響を与えた人です。
たまにはマジメな話でも・・・
僕がジョン・レノンと出会った(見た)のはテレビの中でした。中学生の時だったと思います。サッカー少年だった僕はまったく音楽には興味をもっていなくて、たまに友達にKANの「愛は勝つ」を借りたり、大事MANブラザーズバンドの「それが大事」とかを友達に借りていました。そういう音楽はいわば当時の「売れている」音楽でしたが、それらの音楽が僕の心を打つことはありませんでした。なんとなく聞いていただけというか。
そんな折、たまたま埼玉テレビにチャンネルを合わせたら、白い部屋の中で白いピアノを弾いた白い男がいました。そうです、有名な「イマジン」のビデオクリップです。僕は「世の中にこんな音楽があるのか!」と度肝を抜かれました。英語の意味はわからないものの、白い男が奏でるピアノと、鳥肌が立つような旋律に僕は完全にやられてしまったのです。
僕の中で白い男が「ビートルズ」というバンドにいたということを知るのにはその後数年かかりました。高校に入ってそれはそれは狂ったようにビートルズを聴きました。恥ずかしい事に髪の毛もマッシュルームカットにしたりして。
ビートルズやジョン・レノンが作る音楽は確実に僕を虜にしていきました。そして、ビートルズが影響を受けたエルビスチャックベリー、そして同世代のグループとしてはビーチボーイズなど様々な音楽を聴くようになりました。そんな感じで当時の音楽よりはどちらかというとレイドバックした音楽を聴いていました。ただ、正直、ローゼズマイブラニルヴァーナにはぶっとびましたが。まあ、そんな中、僕や僕の仲間たちはビートルズにのめりこんでいきました。
音楽を聴いて泣いたのもジョン・レノンが最初だったと思います。今では歳とともに涙腺が弱くなって泣くことも増えましたが。それだけいろいろな音楽を聴くようになったからかもしれません。
ジョン・レノンがいま生きていたらどんな音楽をつくったんだろうな。と思うことがあります。きっとジョンのことだからヒップホップにはかなりのめりこんだのではないかなあと思います。聞いてみたかったな。ジョンのラップ。そんで、音楽雑誌には酷評されるんだろうな。最高。
ジョン・レノンのことを「平和」とか「愛」とかでくくられることがよくあります。でも僕は全然違うと思うんですね、もちろん後期・ソロあたりの頃はそういう「平和的な」活動をしていたのかもしれない。でも僕にとってはそんなことどうでもよくって、有名になりたいとギラギラして、欲望にまみれて、人一倍プライドが高くて、もろくて、そんな人間的なジョン・レノンが大好きです。
とりあえずジョンのソロの初期3部作、「ジョンの魂」「イマジン」「マインド・ゲームス」は必聴です。
ちなみに昨日はアントニオ・カルロス・ジョビンの命日でもあるそうです。知らなかった。ジョビンではないですが、とりあえずボサノバならゲッツ/ジルベルトは必聴でございます。ゲッツ!
というわけで、アマゾンアソシエイツがお送りしました。

ホシハヤト

サッカーと唐揚げと蕎麦をこよなく愛し、気がついたらインターネット業界にどっぷり浸かり、体中がインターネットでふやけてしまったガラスの37歳。 GMOペパボという会社で Excel のセルとセルと結合したり、白目を剥きながら右クリックをしながら過ごしています。