実家で飼っていた愛犬のコジローが木曜日の朝に死んだ。

昨年の10月くらいだろうか、右目の奥に腫瘍ができたらしく、場所が場所というのと、12歳という高齢もあって、手術は断念した。その後、しばらくは元気に過ごしていたようだけど、症状は悪くなる一方で、12月に一度実家に帰った時はすでにだいぶ弱っていた。

年末の仕事のドタバタもあって、一時的に忘れることはできたけど、ふと一息ついた時なんかは頭の片隅にコジローの顔が浮かんできて、気にはなるのだけれど、実家に電話するのはなんか怖くて、結局そのまま年を越した。

年始になり、実家に帰るとコジローはすでに昏睡状態になっていて、ずっと横になって寝ていた。食事も2週間ほど全く食べず、水しか飲まないらしい。時折「くぅん」と鳴くので、両親と一緒に水をあげたり、シートを取り替えたりしてあげた。もって数日かもしれない、そんな風に思った。

仕事が始まり、連休には必ず帰ろうと思ってた矢先、お袋から「コジローが死んだ」とのメールが届いた。すぐに電話したらお袋は泣いていた。その日は両親も仕事始めだったし、僕も仕事が入っていたので、なんとか金曜日は休んで帰るようにするよ、と告げて電話を切った。

なんとなく覚悟していたからだろうか、不思議と悲しい気持ちにはならなかった。一方で悲しい気持ちにならない自分に無性に腹が立った。悲しいときに泣ける強さすら自分は失ってしまったのだろうか。

そして今日、午前中に実家に帰った。コジローが目をつぶって横たわっていて、身体を触ると少しひんやりするけど、毛並みは綺麗なままで、今すぐにでも起き上がって飛びかかってきそうな気がした。僕は泣いた。涙が止まらなかった。

夕方に火葬をしてくれる業者さんが来て、コジローを火葬車まで運んだ。大好きだったクマのぬいぐるみも一緒に隣においてあげた。いままでたくさんのぬいぐるみを買ってあげたけど、このクマのぬいぐるみが一番好きみたいで、噛まれてボロボロになっては、お袋が縫いつけてあげて、最後はもうクマなのかなんなのかわからない形になってた。クマのぬいぐるみもまさか最後にコジローと一緒に火葬されるとは思わなかっただろう。

1時間ほどして業者から連絡が来て、火葬車に戻ると、骨だけのコジローがそこにいた。みんなで骨をあつめて骨壷に入れた。肉体はこんなにも簡単に無機質なものに変わってしまう。この気持ちをなんと表現すればいいのだろう。

今日は気持ちいいほどすがすがしい天気で、夕焼けがとてもキレイだった。コジローは無事に天国にいけたのだろうか。僕らと一緒に過ごしたコジローの人生は幸せだったのだろうか。そんなことを考えながら夜空を見上げたら、一粒の星がとても明るく輝いていた。

ホシハヤト

サッカーと唐揚げと蕎麦をこよなく愛し、気がついたらインターネット業界にどっぷり浸かり、体中がインターネットでふやけてしまったガラスの37歳。 GMOペパボという会社で Excel のセルとセルと結合したり、白目を剥きながら右クリックをしながら過ごしています。